日の当たるところへ

小説家を目指して。

とある小さな王国の物語。(続くかわかりませんが)

 あるところに、小さな王国がありました。この国には、名前がありません。名乗る必要も、呼ぶ必要も無かったからです。
 彼方まで広がる大海と美しい練色の砂浜、新緑の匂いがする草原。聳え立つ巨大な山々に、麓から流れる清らかな川…人々にとって必要な物は、全て揃っていました。だから、別の国と争い合ったり、取引をしなくても生きることが出来たのです。
 そんな平和な国ですが、一つだけ心配なことがありました。民にとっても、臣下にとっても重大な問題でした。
「ええ…これより…た、戴冠式を、行う。」
 小さな王国の、こじんまりとした謁見の間。揃って集う兵士達の前に、何処かぎこちない調子の声が響きます。この王国を取り纏める、大臣のものです。場は騒然となり、集った兵士達が、顔を見合わせては何か談議しています。
「静粛に!」
 …大臣が諫めると、場は静まりました。しかし、緊張は解れません。
 上擦った声を咳払いで整えて、大臣は続けます。
「皆、知っての通り…二日前、我らの国王が病に倒れ、天に召された…。
 だが、王失くしての国は成り立たぬ…このままでは、我が国は潰えてしまう。
 崩御なされた国王の遺志を、無駄にしてはならぬ。」
 厳格な声が、静まり返った空間に響きます。異論の声が無いことを視認すると、大臣は再び言葉を紡ぎました。
「…では、改めて…これより、戴冠式を行う。
 新たなる国王に、祝福を!」
 大臣の声が響くと、突き抜けるようなトランペットの音が鳴り響きます。少数の音楽隊による演奏が始まると、両脇に立つ兵士によって、謁見の間の扉が開かれました。
 現れたのは、小さな子供でした。亜麻色のおかっぱ頭に雀斑顔の愛らしい少年は、ぶかぶかの緋色のマントを引き摺って、とことこと大臣の元へ歩み寄ります。
「新たな国王、万歳!」
 …大臣のかけ声に、答える声はありませんでした。少数の音楽隊も、その異様な光景に思わず演奏を止めてしまいます。その場にいる誰もが、唖然としたまま口を開けて、立ち尽くしていました。
 それもそのはず。大臣から新たな国王と祝われたのは、まだ7歳の王子様でした。王子様と言えど、親にまだ甘えたい盛りの子供に、こんな重荷を背負わせるとは…国を治めることの難しさを、知っているからこその沈黙です。
「みなのもの、きいてくれ。」
 重苦しい沈黙に包まれた場に、まだ小さな王子様の高い声が響きます。
「わたしは父を失った。国王亡きあとの跡継ぎは、世のならいに沿って
 王子であるわたしが良いと決まった。
 わたしは世のことをなにも知らない、だからわたしが大人になるまでは 
 みなどうか、わたしを自分の子と思い、育てて欲しい。」
 王子様の言葉は、大臣があらかじめ用意しておいた言葉を、そのまま復唱したものでした。まだ小さな王子様には、この言葉の意味が何かも、わかってはいないのかもしれません。小さな子供の宣言に、その場にいる人全てが憐れんで、この王子様を不憫に思い、涙を流していました。国の行く末を憂う者もいれば、王子の境遇に悲嘆に暮れる者もいました。
 これは、名前の無い小さな王国の、小さな王様の物語。